「無い」ということに対する免疫が失われる懸念


2018/09/07

北海道胆振地方を震源とする大きな地震が起こりました。

自分が体験した中では一番大きな揺れでした。

 

幸いなことに家の中の被害はゼロでした。

あまりモノを飾ったりしないことが幸いしたようです。

モノが多ければそれだけ落下や破損の可能性が高まりますよね。

 

そして揺れの直後に起こった停電や断水。
私の住まいでは24時間ほど電気と水が使えない状態でした。

 

ほぼ丸一日ライフラインが絶たれた生活。
防災の備蓄などはほとんどしておりませんでした。
ラジオ無し、充電器無し、水のストック無し、非常食無し。

 

あらら、大丈夫かしら?
とも思いましたけれど、困ることはありませんでした。

思えば、日頃からサバイバルな暮らしだから?(笑)

 


まず、電気。

 

普段テレビはまったく見ないので、テレビを観ることができないストレスはゼロ。

情報はいつもどおりインターネットで入手。
パソコンとタブレットとwi-fiの充電の残りに気を配る必要があったので、数時間おきに電源を入れて必要最小限の確認。


いつもみたいにあちこちネットサーフィンをするとあっという間に充電を消費してしまうので、ここは必要・不必要の判断をして余計な書き込みも控えます。
情報を入手する以外は電源オフにしていました。

 

日頃から溢れる情報を享受していると、急にそれが途絶えるのは不安になるかもしれません。
そういう意味でも、いつもスマホにしがみついて離せないという暮らし方は考えものですね。

 

食事に関してはもともと炊飯器も電子レンジも持っていないし電気が使えないことで大きな影響ありませんでした。
日頃の生活が避難生活に近いものだったということでしょう(笑)

 

今回停電時間は24時間だったから事なきを得ましたが、これが長期になると厳しいかもしれません。
しかし、「無ければ無いでなんとかしのごう」という気の持ちようは役に立ちました。

 


反対に、水は必須だなと思いました。

コンビニでもジュースやお茶は残っているのに水は売り切れでした。


水が無いのは厳しいです。

水は料理にも必要だし、水分補給にも欠かせないし、手を洗う、洗顔する、体を洗うなど衛生面にも水は大量に必要です。
その大量の水をいつものように使えないのはかなり不便です。

 

でもここも、水を使って洗おうという意識を切り替えて、水を使わなくてもそこそこ気持ち良く過ごせる過ごし方に考えをシフトしました。
水を使いたいのに思うように使えないというストレスからの回避です。

 

手を水で洗う代わりにウェットティッシュで拭く。
洗顔する代わりに化粧水を含ませたコットンで拭く。
体もウェットティッシュで拭くのもいいし、炭酸をキッチンペーパーに浸して使うこともできます。
ずっとその生活は無理でしょうが、少しの間ならこれで充分過ごせます。

 


あるモノを利用して過ごす。


モノが充分にあるのは便利で安心ですが、「無い」ということに対する免疫が失われますし、「工夫する」ということをマヒさせてしまう側面もあると思います。

日頃から枯渇気味のサバイバルな生活に慣れておくことも、イザという時慌てずに済みそうです。